葬儀や供養は故人のためでなく、残された遺族の為にも必要な事だと祖父の四十九日を終えて感じました

大切な故人をしのぶ 葬儀に込める供養の思い
大切な故人をしのぶ 葬儀に込める供養の思い

葬儀をして、供養していくことで気持ちの整理ができる

PAGETITLE
先日、祖父の四十九日を済ませました。幼いころから同居し、家を出るときまでずっと一緒に暮らしていて、とても近い家族でした。だからこそ、とてもさみしく、悲しく感じましたが、人が亡くなって家族や友人などが、亡くなったことに対して理解したり、納得するステップとして葬儀や四十九日などの供養はとても重要だと感じています。

亡くなった病院から帰ってきて、諸事情によりエンバーミングという処理をしたのですが、特殊な場所で施術をしないといけないようで、家に一度帰ってきたものの、すぐにエンバーミングの処置に出てゆきました。もどってくるとお化粧もしているし、処置のおかげでとても血色がよく、病床にいるよりも何倍もきれいな姿で帰ってきました。あまりのキレイさに亡くなったことをより実感したタイミングでした。そして、翌日お通夜を済まし、火葬し、遺骨が家にもどってきて、そして先日の四十九日で納骨を済ませ、一通りの供養が終わりました。もちろんこれからも帰省するたびにお墓に行ったり、お仏壇の前で手を合わせたりと日々日々供養をしていこうと思います。

とても実感したのが、亡くなった瞬間はやはり悲しいとか、さみしいとかの感情が強く、つらくてしょうがなかったのですが、供養をひとつずつ済ませるにしたがって、自分の中での気持ちの整理ができました。本当に亡くなったんだと実感もしました。残された側としては、亡くなった方への供養として法要をしていますが、実は残された側の為のものでもあるんだなと本当に感じました。

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